2017年11月18日

今更ながら・・・

この記事はアップしたくなかったです。


だって本当に残酷な事件なので


このことを知って呆れてしまったのですが


やはり書いておこう・・と思い直しました。




それは日馬富士問題ではなく


ちょっと前になってしまいましたが


大きく新聞で報道されてしまった


神奈川県座間市の痛ましい事件の事です。



最近になって分かったことは


若い女性たちの遺族の方たちが


全員行方不明者届けを警察に出していたにも関わらず

防がなかったことと

そして時間が明るみになるほどに

被害者の家族の方がたは

自分たちの子供の名前と写真の公開を控えて欲しいと

新聞各社とテレビ局にお願いをしていたということですが

スポーツ紙1社を除いて他の報道機関は

実名で顔写真付きで新聞・ワイドショーアップを決めました。



何故


残酷な殺され方をした子どもたちの親は

静かにしていて欲しい と願っていたでしょうに



全く関係のない私でも

事細かく書かれている事件の模様を読んだり観たりして

どうしようもない気持ちに襲われるのに

親族や友達 知人の皆さんが

どれだけ傷つくのか 想像すれば分かるはず。


自分の子どもだったら・・と考えれば分かるはず。



ネットの社会になってから

私たちは大きく変わってしまって

大事なことを失ってしまっていないだろうか


亡くなられた9名の方々のご冥福を

心よりお祈り申し上げます。



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2017年10月12日

実録!マサカの事件

*名古屋闇サイト殺人事件から10年

 娘の命奪われた母が語る真実


この番組を録画していて

今日昼間に観たのですが

観た といっても半分しか観ることが出来ませんでした。


実録 なので

事件の起こる数日前から事件当日の様子を

再現しているので

車に連れ込まれてからの映像は

恐ろしくて観ることができないのです。


この事件の

最後の刑罰が言い渡される裁判を

見学にいき参加者が多いので

傍聴券をくじ引きで引いて

初めて本物の裁判を見学しました。



外で本当に小柄なお母さまがインタビューに答えている姿も

通りすがりに拝見したので

余計印象に残っているのです。




我が娘が殺された時の状況を考えると

10年たっても忘れることの出来ない

残忍な事件でした。


会社を退職するので友達が開いてくれた送別会に参加して

帰りが遅くなってしまった磯谷利恵さん。


地下鉄本山から自由が丘の自宅まで歩く利恵さんを

車で拉致して殺害した凶悪犯の3人の動機が

お金に困っていたので

真面目なストッキングを履いたOLさんを狙って

貯金通帳の番号を聞き出した後殺害することなどを

取り決めて実行した最低の人間。


彼らはどんな使命があって生まれてきたのだろう34423.gif
こんなに簡単に悪党になってしまって35169.gif


他人事ではなく

娘が・・と考えると

心が痛んで観ることができない23267.gif


お母さまに少しでも心が落ち着く日々が訪れますように30728.gif


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posted by chicchi at 00:29| 愛知 | Comment(0) | 悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月27日

何だろう 

何だろう


市川海老蔵さんがブログ記事を1日に何度も更新し過ぎだって

批判を浴びているらしい


海老蔵さんはその批判に対して

ブログが1つの支えになっています と理解を求めたそうですが

何で

そんなことブログ主の勝手でしょ


イヤだったら見なければ良いわけだし


こんなことにも言い訳をしなければいけないなんて

何て悲しいことなのだろうか


若くして伴侶を亡くしてしまうということは

そんなに多くの人が体験できることではないです。


書くことで

自分を奮い立たせている場合もある と思っています。


小林麻央さんのことが

世間で話題になるのも

そんなに長い期間ではないように思います。


私たちは日々生きていて

暮らしていかなければならないからです。


最後には

最愛の人を失ってしまった人たちだけが

愛しい家族や恋しい人を心の中に抱いて

それでも生きていくのです。


ガンという病気になって

亡くなってしまった小林麻央さんが綴った文章は

多くの人たちの共感を呼んで話題になりましたし

それも一つの彼女の思いだったと思うのです。


夫である海老蔵さんが元気になられるまで

弱音を吐く文章をアップしてとしても

批判するのではなく

温かい気持ちで受け入れて欲しい と願っています。


もう

明日からは麻央さんの話題は書かないことと致します。


私はあなたの事忘れない



いつも思い出すことは難しいけれど

小林麻央というピュアな女性が明るく優しく生きたことを

忘れないでいますね





市川海老蔵さんがブログ記事を1日に何度も更新し過ぎだって

批判を浴びているらしい


海老蔵さんはその批判に対して

ブログが1つの支えになっています と理解を求めたそうですが

何で

そんなことブログ主の勝手でしょ


イヤだったら見なければ良いわけだし


こんなことにも言い訳をしなければいけないなんて

何て悲しいことなのだろうか


若くして伴侶を亡くしてしまうということは

そんなに多くの人が体験できることではないです。


書くことで

自分を奮い立たせている場合もある と思っています。


小林麻央さんのことが

世間で話題になるのも

そんなに長い期間ではないように思います。


私たちは日々生きていて

暮らしていかなければならないからです。


最後には

最愛の人を失ってしまった人たちだけが

愛しい家族や恋しい人を心の中に抱いて

それでも生きていくのです。


ガンという病気になって

亡くなってしまった小林麻央さんが綴った文章は

多くの人たちの共感を呼んで話題になりましたし

それも一つの彼女の思いだったと思うのです。


夫である海老蔵さんが元気になられるまで

弱音を吐く文章をアップしてとしても

批判するのではなく

温かい気持ちで受け入れて欲しい と願っています。


もう

明日からは麻央さんの話題は書かないことと致します。


私はあなたの事忘れない



いつも思い出すことは難しいけれど

小林麻央というピュアな女性が明るく優しく生きたことを

忘れないでいますね






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2017年06月23日

ショック!!小林麻央さん死去

昨日の夜に様態が急変して亡くなった

小林麻央さん 享年34歳。

私の年齢の丁度半分です・・



病気になってからブログを開始して

自分の今の状態や心境を綴ってきましたが

最後の20日朝の6時15分に更新された文章には

「皆様にも、今日 笑顔になれることがありますように。」


顎に転移をしたことを公開して

痩せてしまったお顔の写真を掲載した時から

心配はしていましたが・・・・



同じ病気を患った者として

本当に残念です。

本当に悲しいです。


ご冥福を心からお祈り致します。

BBD3GPJ




posted by chicchi at 14:02| 愛知 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月12日

実家の整理で見えてきたこと

4月から5月にかけて


実家のた〜くさんの荷物を整理していると出てくるのが


両親の若かりし頃の写真と母の弟妹からの手紙。



写真の古いものは


父親の働き盛りの頃の写真や給料明細など


そこには自然体で楽しそうに映っている父の姿と


彼方此方と旅行に行った時の母の姿。



思い出したことが


母は写真に凝っていたときがあったような・・・


だから自分が写っている写真よりも

行った場所の風景や一緒に行った方たちの写真が多い。



そして


大事に取ってあったのが

妹から届いていた手紙類。


母は4人兄弟の一番上で

弟 妹 妹 という順番で

一番下の妹は戦争で亡くなっている。


当時離婚して新潟に住んでいた妹からの

報告や相談の手紙が一番多く

病気になって名古屋の病院に入院して

新潟に帰ってからの手紙も多かった。



当時の伝達手段としては

電話か手紙だったので

こうして大事に残してあれば

何十年たっても目にすることができる。




私が子供だった時に

両親は当たり前に大人だったし

自分のことで精いっぱいで親のことなど考えてみたこともなかったけれど

こうして整理をしていると

今までほとんど気にすることのなかった

両親の若かりし頃や生き様の一部を見せてもらったように感じて

愛おしさでいっぱいになったし

申し訳なさで泣けてきた


今一番思うのは

親思う心にまさる親心 ということ。

もっともっと大事にしてあげればよかった

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2017年04月13日

落ち込み

どうしようもなく

落ち込んでいる。


よくあること。

でも堪える・・・


この悲しみから立ち上がれるか私。

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posted by chicchi at 22:58| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月11日

3:11忘れない

今日の「べっぴんさん」は良かったなぁ


こんな優しい人が周りにいる栄輔さんは大丈夫だね


特にカッコいいのは


姉 ゆりの夫 オライオン社長 野上潔さん(高良健吾)


冷静沈着で、情が厚く

いいなぁ  こんな旦那さまだったら幸せだろうなぁ



こんな素敵な週末放送になったのは


今日が3:11だからでしょうか



午後2:46分に起こった東日本大震災地震が


後1時間後に訪れます。


6年前のこの日


私は京都の醍醐寺で行われる「お手当実習会」のため


京都駅に降り立ちました。


京都駅前で、新幹線の速度が落ちたのを覚えています。


そして、京都駅から醍醐寺までのタクシーの中で

この目を疑う惨事を知ったのです。


今年2月末から3月になり

テレビ放映される被災者の方々の

未だに解決されていない現状を拝見する度に

心が痛んで涙が溢れます。








posted by chicchi at 13:54| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月31日

ごめんね おじいちゃん 

  1. 父のことを思い出す。

    亡くなって早や10日以上がたってしまった今思い出す。

    背骨を圧迫骨折をして入院先の病院から提携の梅森の老健に入り
    そのまま今の老健に移動して約1年。
    そこで亡くなった。


    梅森の老健は車で30分程かかるのと
    母が生きていたので
    顔見せに行けたのが週に1〜2回。


    今の老健は車で5分の所にあるので
    行こうと思ったら毎日行けたはずだ。

    でも私は行かなかった。

    初めの頃は
    昼間でも4人部屋の自分のベッドで寝ていたが
    昼夜逆転の生活になってしまったので
    昼間は食堂に集められて時間を潰す毎日になった。

    思い出してみると
    梅森の老健の時には「家に帰りたい」と盛んにいっていたけれど
    「今の状態では、一人暮らしは無理だから・・」と
    説得を続けていたら
    徐々に認知症が進み「家の帰りたい」という言葉は
    聴かなくなってホットしていた。

    でも私の中には
    最後は家に引き取って 看取りたい との思いをもっていたが
    それは叶わなかった。

    何故だろう??

    父は糖尿病だったので
    食事制限(カロリー)があり
    母がお世話になっていたディサービスの所に
    お願いするのは、色々無理だろう と判断したことと
    我が家でのカロリー制限も難しいのでは?と
    娘と話し合っていたこと。

    母との暮らしは2年半。

    その内の1年半は娘が大学生と就職先から戻ってくれていたので
    母の介護が出来たのだという思いと
    母が亡くなり、娘が仕事に出かける様になり
    来月から夜週2回の学校に通うことになっているので
    母のときの様な生活が難しいこと。

    などなどこちらサイドの理由付には困らない。

    今考えると
    6日に父の意識が亡くなり
    併設の病院に入院した時が
    自宅に引き取るチャンスだったのかも知れない。

    「血中のナトリウム値が以上に低いので
    ナトリウムを補充する点滴をしましょう」 と担当医に言われてときに
    「延命ではありませんよね?」とお聴きして
    「良くなるための治療です」

    看取り の本を何冊か読み返してみて
    点滴は痰を増やす という箇所にハッとした。

    父も痰が絡まって苦しそうだったし
    去年入院して時には
    昼間起きていたのが
    今回はいつお見舞いに行っても寝ていた。

    亡くなった時の診断書には 脳梗塞 と書いてあるけれど
    意識を失ったときから
    父は死ぬ準備をしていたのではないだろうか?

    老衰 として
    点滴をしなければ
    苦しまず自然に枯れていったのではないだろうか?

    結局病院で死なせてしまった。。

    引き取りたい・・・

    妹たちの反応を恐れてもいた。
    反対されるだろうって。

    だからせめて毎日顔出しをすれば良かったのに
    入所者さんが集められた食堂にいる父に会いに行くのに
    チョッと勇気がいる という理由からしなかった。


    4月のある日
    娘と一緒に会いにいった時の帰り際に
    泣き顔になった父の姿を思い出して
    今私は泣いている。

    最後の望みを叶えてあげられなくてごめんね。
    おじいちゃん。

    そのことで
    今とても後悔している。




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2016年03月30日

乙武洋匡氏「息子は最低…」

実母が“献身15年妻”に謝罪



私でも親だったら同じことを思うでしょうね

乙武くんの話は
週間誌に更に詳しく取上げられるみたいですが
何だか悲しいです
posted by chicchi at 23:11| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

森のイスキア主宰、佐藤初女さん死去

悩みを抱えた人たちを食を通じてもてなす癒やしの場
「森のイスキア」を青森県弘前市で主宰し、
1995年度の東奥賞を受賞した佐藤初女さんが
1日午前2時半、乳がんのため市内の病院で死去した。

94歳。自宅は同市桔梗野1の9の8。通夜・葬儀の日取りは未定。

 佐藤さんは1921(大正10)年、青森市生まれ。

青森明の星高校の前身である青森技芸学院を卒業。
小学校教諭を経て、ガールスカウト活動や、
ろうけつ染めの普及、指導などに尽力した。


 83年に弘前市の自宅を開放して「弘前イスキア」を、
92年に岩木山麓に「森のイスキア」を開設。

悩みや迷いを抱えて訪れる人の話に耳を傾け、
心尽くしの手料理や「おむすび」でもてなし、
心の再生を支えてきた。

著書や講演などを通じ、
全国に多くの「おむすび」ファンがいる。


90歳を超えてもスタッフとともに台所に立つなど
精力的に活動し、
昨年10月にも県主催の
「がん患者支え合いフォーラム」で講演した。

第3回ミキ女性大賞、
国際ソロプチミスト女性ボランティア賞、
第48回東奥賞などを受賞。


龍村仁監督 
地球交響曲(ガイアシンフォニー)第2番1995年出演

当時地球交響曲は自主上映会でして
1番 2番 はモチロン観ましたので
初女さんは知っていますし
何年か後に
恵那の 20世紀クラブ が初女さんを呼んで
講演会を企画して下さったので
参加して初 初女さん のお話を聞くことができました

94歳でいらしたんですね。

お疲れ様でございました

ありがとうございました。

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2015年11月28日

母の死

ご無沙汰です

全くアップできずに数日が過ぎましたが
私の周りでは大きな変化がありました。


母が亡くなりました。

16日から様態が良くない状態が始まり
持ち直してくれるかな と思っていましたが
回復せず25日午後に行ってしまいました。

26日お通夜 27日告別式 と
お寺のお坊様の予定も嵌り
滞りなく終わることができました。


母を引き取った2013年6月からの2年半。

引き取りたいと思ったときの気持ちを忘れ
母に対して優しい気持ちで接することが出来ず
闇の気持ちを持ち続けた年月だったので
その後悔から開放されることはありません。


優しさの微塵もない人間です。
至らない人間です。

たくさんの恩を受けてきたのに
その大事なことを忘れて辛く当たってしまう
情けない人間だということに気づき
落ち込んでいます。

立ち直るには
自業自得ですが相当な日々がかかるみたいです。

ここから立ち直った時に
私の前に
大きな別の道が開けているのでしょうか。。。






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2015年11月22日

パリの広場でイスラム教徒の男性が訴えた言葉が市民の涙を誘う

連日メディアではパリの同時多発テロ事件を流しています。

恐らく日本でもそうでしょう。

イギリスに住む筆者にとっては、
この事件はまさに隣国で起こったこと。
毎日胸を痛めながら油断のならない日常を過ごしています。

昨夜、ロンドンのベイカ―ストリートの駅前で、
不審車があり武装警察が総出となりました。

爆弾を積んでいるかもしれないということで
念のために警察側で先に車を爆破。

テロリストによる行為なのか今捜査中ということですが、
幸い怪我人はなかったものの
イギリスでもやはりこういう事件が起こるように。

そんな中、一人の男性がパリの広場で
市民にパワフルなメッセージを訴えました。

あなたならどう思うでしょう。

テロが起こったばかりのパリの街中で、
一人のマスクをしたイスラム教徒の男性が立っているのを見たら
、反射神経で恐怖を感じるのではないでしょうか。

テロリストだと思う人も少なくないと思います。

今、パリ市民は毎日を普通に過ごすように努めているものの、
やはり精神的に不安定な日々を送っています。
このイスラム教徒の男性は、そんな市民にこう訴えたのです。



手を広げる仕草をして同じ場所に立つ男性の周りに、
不安を感じつつも多くの人が集まり始めます。




「私はイスラム教徒です。
でも、テロリストではありません。」
フランス語で書かれたメッセージに人々は目を向けます。



「私はあなたを信じます。
もしあなたも私を信じてくれるなら、ハグをしてくれませんか」
そう書かれたメッセージを読んだ人々が彼に歩み寄ります。




ISISによるテロ行為の為に、
何の罪もないイスラム教徒の人達まで差別を受けたり、
犠牲になっていることは前記事でも書かせて頂きましたが、
アメリカでもイスラム教会が破壊されたりと、
悲しくも「イスラム教徒=テロリスト」という
間違った考えを抱いている人は社会に多く存在します。

この男性は、そんな社会の軋轢の中で
勇気を出して広場の前に立ったのです。

ひょっとしたら、市民に罵倒されたり
酷い扱いを受けたりするかもしれません。
でもそれを覚悟で訴えたいメッセージがあったのです。




イスラム教徒の人々に対し、
間違った考えを持っている人もいれば、
やはりそれを悲しく思う人も存在するのです。
こちらの女性はきっといろいろ思うことがあったのでしょう。
思わず涙を流しました。



今、どれだけの人がテロリストを憎んでいることでしょう。
罪の無いイスラム教徒たちが社会で
どれだけ心ない扱いを受けているか。
どれほど心を痛めているか。
それを思うとあまりにも不当なこの社会の在り方に怒りと悲しみ、
痛みを感じずにはいられません。





「みなさん、本当に有難う。私にハグしてくれて有難う。」
男性は更に社会に訴えかけます。




「私はイスラム教徒ですが、
人を殺したことは一度もありません。
イスラム教徒全てがテロリストではないんです。
イスラムの神は人を傷つけることを教えてはいません。」

周りの人みんなが男性に耳を傾けます。

「実は、テロが起こった金曜日は私の誕生日だったんです。
でも私と家族はテロで犠牲になった人のことを想い、
外出しませんでした。

亡くなった人達のことを祈りました。
みなさん、イスラム教徒全員がテロリストではないんです。
テロリストはテロリストです。
私達とは全く違う別のものなんです。」

必死で訴えかけたこの男性の様子がYouTubeで公開され、
110万回もの再生に。

ところが、ユーザーたちのコメントは賛否両論。

これだけ訴えても、まだ
「お前たちは国に帰れ!ヨーロッパからとっとと出ていけ!」
「だからって俺たちがイスラム教徒を好きなわけじゃない」
「じゃ、あんたとハグしない人は酷い人なのか!?」
という無知なコメントをする人もいます。

宗教問題は複雑です。

そして宗教が絡むと大きな戦争になることもあります。

でも、今の社会、宗教、国籍、性別に関係なく
「人対人」としての在り方を忘れている人が多いことが悲しくてなりません。

男性が訴えるように
「テロリストはテロリスト」なのです。
何の罪もないイスラム教徒の人達も、
このテロ行為に心を痛めているということを
私達は決して忘れるべきではないのです。








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2015年11月16日

物騒な時代

フランス パリ 同時テロ事件。


狂っていますよねぇ。

どんどん世界が危ない状態になっている
危機感をおぼえます。

日本は平和だと昔から言われていますが
日本の政治も
確実に危ない方向に向かっている感があります。


テロの標的になる可能性がある とも・・・


私の憧れの国 フランス。

悲しいです。

pray for Paris





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2015年04月30日

【ある殺人事件の温情判決】

京都市伏見区桂川河川敷で、認知症の母親を殺害して
無理心中を図ったとみられる事件の初公判が行われた。...

事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、
母と相談の上で殺害したというもの。

K被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され
一命を取り留めたとのこと。

K被告は両親と3人暮らしだったが、1995年に父が死亡。
その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した

母は2005年4月ごろから昼夜が逆転。
徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。

K被告は休職してデイケアを利用したが
介護負担は軽減せず、9月に退職。

生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。

介護と両立する仕事は見つからず、
12月に失業保険の給付がストップ。

カードローンの借り出しも限度額に達し、
デイケア費やアパート代が払えなくなり、
2006年1月31日に心中を決意した。

その日の朝、この日までに払わなくてはならない
アパートの家賃3万円はどこにもなかった。

手持ちの現金はわずか7000円ほど。
K被告は親族に相談することもなく、
自分たちに残された道は「死ぬこと」しかないと思った。

K被告は自宅アパートをきれいに掃除をして、
親族と大家宛ての遺書と印鑑をテーブルに置いた。

その間、K被告は何度も母親に
「明日で終わりなんやで」と話しかけている。

最後の食事はコンビニで買ってきたパンとジュース。
二人で分け合って食べた。

電気のブレーカを落とすと、
K被告はリュックサックに死ぬための
ロープ、出刃包丁、折りたたみナイフを詰めて、
車いすの母と2人アパートを出た。

2人が向かったのは、三条の繁華街だった。

K被告がどこに行きたいかと尋ねて、
母親が「人の多い賑やかなところがいいなあ」
と答えたからだった。

1人300円の運賃を払って淀駅から京阪電車に乗り、
条京阪駅に着いた。

駅を出ると鴨川が流れている。

2人はしばらくこの川のそばで時間をつぶしている。

やがてにぎやかな新京極通りに向かった。

この通りの入口にそば屋がある。
K被告がまだ子どもの頃、
親子3人で食事をしたことのあ
る店だった。

しかし手持ちの金が多くないため、食事はしなかった。

夜、母子は伏見にいた。

もう戻ることのできないアパートの近く、桂川の河川敷。

次にどこへ行きたいかと聞かれて、
母親が「家の近くがええな」と言ったからである。
午後10時のことだった。
 

2月1日。厳しい冷え込み。
K被告は車椅子の母に防寒具をかけてやった。
それから何時間か過ぎた。

「もうお金もない。もう生きられへんのやで。これで終わりやで」
 

K被告は泣きながら目を覚ましたばかりの母に語りかけた

母親は「すまんな」「ごめんよ」と泣きじゃくる息子の頭を撫で、
「泣かなくていい」と言った。

「そうか、もうアカンか、やすはる(K被告の名)
 一緒やで。お前と一緒やで」 

「こっち来い。こっち来い」

母に呼ばれたK被告が近づいたところ、額がぶつかった。

「やすはるはわしの子や。わしの子やで。
(お前が死ねないのなら)わしがやったる」

その母の言葉にK被告は「自分がやらなければ・・・・」と思った。

そして意を決し、車いすのうしろにまわって
タオルで母親
の首を絞めた。

絞め続けた後、苦しませたくないために首をナイフで切った。

K被告は遺体に毛布をかけた後、
包丁と折りたたみナイフで自分の首、腕、腹を切りつけ、
近くにあったクスノキの枝に
ロープをかけ首を吊ろうとし
たが失敗した。

「土に帰りたい」と走り書きした
ノートの入ったリュックサックを抱いて、
冷たい雨の降るなか虚ろな表情で佇んでいた。

 
通行人によって2人が発見されるのは
午前8時ごろのこと
である。

頭陳述の間、K被告は背筋を伸ばして上を向いていた。


肩を震わせ、眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。


裁判では検察官がK被告が献身的な介護の末に
失職等を経て追い詰められていく過程を供述。


殺害時の2人のやりとりや、

「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」
という供述も紹介。


目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、
刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、
法廷は静まり返った。


裁判の中でK被告は、

「私の手は母を殺める(アヤめる)ための手だったのか」

と言葉を残した。


東尾裁判官はK被告に対し、次のように告げた。


「尊い命を奪ったと言う結果は取り返しのつかない重大だが
 経緯や被害者の心情を思うと、
 社会で生活し自力で更生するなかで冥福を祈らせることが相当。
 被告人を懲役2年6ヵ月に処する…」

そして続けてこう言った


「…この裁判確定の日から3年間 その刑の執行を猶予する」


殺人(承諾殺人)で異例の執行猶予つきの判決を言い渡たされた。


そして被害者(お母さん)の心情に対し

「被害者は被告人に感謝こそすれ、
 決して恨みなど抱いておらず
 今後は幸せな人生を歩んでいけることを
 望んでいるであろうと推察される」


判決の後、K被告に裁判長が
「絶対に自分で自分をあやめる事のないように
 お母さんのためにも、幸せに生きてほしい」と語りかけた。

K被告は深々と頭を下げ「ありがとうございました」と言った。


K被告に言い渡した後に東尾裁判官はこう言葉を残した。


「本件で裁かれるのは被告人だけではなく、
 介護保険や生活保護行政の在り方も問われている。
 こうして事件に発展した以上は、どう対応すべきだったかを
 行政の関係者は考え直す余地がある。」


参考サイト:http://kokorodo.net/e1538
http://matome.naver.jp/odai/2139408194432080201



いやぁ この事件でも
私にとっては人事ではないので
本当に心が痛みました。

コメントは止めておきます。

posted by chicchi at 22:40| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月03日

「ある犬のおはなし 〜殺処分ゼロを願って〜」





Facebookで繋がった 動物虐待に興味をもって
コメントを発信していらっしゃる方からの情報です。


我が家にもネコ3匹 イヌ1匹がいますので
人事ではありません

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2015年03月02日

お母さんのコメント

上村君の母親が2日、弁護士を通じてコメントを発表しました。


 コメントは次の通り。


 「優しい顔で寝ている遼太の姿を見ると、
本当に遼太が死んでしまったのか分からなくなります。
今にも起き上がって『母さん、母さん、おなかすいた』と言うのではないだろうか。

台所にいると、『ただいま』と元気な声が聞こえ、
帰ってくるのではないかと思ってしまいます。(中略)

まだまだあどけなく、甘えてくることもありましたが、
仕事が忙しかった私に代わって、すすんで下の兄弟たちの面倒をみてくれました。

(同)事件の日の夜、一度は外に出かけようとするのを止めることができたのだから、
もっともっと強く止めていれば、こんなことにはならなかったと、ずっと考えています。

顔や体のひどい傷を見て、どれほど怖かっただろうか、
どれほど痛かったかと思うと涙が止まりません」



親が制止すれば止めることができたかも知れませんが
男の子は無理ではないでしょうか
悲しいですけれども・・・



子供の悲惨な姿をみなければならなかったお母さんの気持ちは
計りしれません


どうかどうかどうか
遼太くんの魂が
迷うことなく天国に召されますよう祈っております


上村君の母親が2日、弁護士を通じてコメントを発表しました。


 コメントは次の通り。


 「優しい顔で寝ている遼太の姿を見ると、
本当に遼太が死んでしまったのか分からなくなります。
今にも起き上がって『母さん、母さん、おなかすいた』と言うのではないだろうか。

台所にいると、『ただいま』と元気な声が聞こえ、
帰ってくるのではないかと思ってしまいます。(中略)

まだまだあどけなく、甘えてくることもありましたが、
仕事が忙しかった私に代わって、すすんで下の兄弟たちの面倒をみてくれました。

(同)事件の日の夜、一度は外に出かけようとするのを止めることができたのだから、
もっともっと強く止めていれば、こんなことにはならなかったと、ずっと考えています。

顔や体のひどい傷を見て、どれほど怖かっただろうか、
どれほど痛かったかと思うと涙が止まりません」



親が制止すれば止めることができたかも知れませんが
男の子は無理ではないでしょうか
悲しいですけれども・・・



子供の悲惨な姿をみなければならなかったお母さんの気持ちは
計りしれません


どうかどうかどうか
遼太くんの魂が
迷うことなく天国に召されますよう祈っております。

posted by chicchi at 23:44| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月01日

上村遼太さん

上村遼太さん

 「容疑者」家族の顔写真投稿、自宅の動画を撮影... 

  川崎市の中学生殺人、ネットで「私刑」が横行



以前映画でも観たことがありますが
こういった行動は本当に恐ろしいです。


インターネットが発達してことで起こる
こういった一連の行動には感心しません。

とても惨い事件なので
ご家族の気持ちを察すると・・・


特に年齢の若い子供たちの起こす事件は
気が重くなるばかりですが
正義感の強い私でも
こういった行為は理解できません。

ヒョットしたら
ついこの間まで流行っていた
バカなことをやってネット上に公表する

その精神構造と近い所にあるのかも知れないな とも思っています。

posted by chicchi at 23:54| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月04日

悲しい・・です

今日の母は異常で
朝から眠気が強い状態でしたが
ディにいる間も同じ様子だったようです。


そして今夕食の準備をしていますが
待てないのか
エア食事をしています。


テーブルの上にあったテッシュを食べてしまい
それでも足りずに
自分の口に何か食べ物を運ぶ動作をしています。

食べてしまったテッシュを歯のない口の中で
牛のように何度も噛み締めています。

我が家は対面式の台所ではないので
後ろを向いているときに
何か音がすると
母がテーブルの上のものを引き寄せて食べようとするので
目が離せません


人間はこの様になってしまうものなのでしょうか??

これが私の行く末だとしたら
余りにも悲しいです



人はこんな風に壊れていくのでしょうか?

私は
こういった姿を家族には見せたくない・・と
切に思っています。

人としての過去生が何度もあるとしても
そんなことは殆ど?全く?忘れているので 
こうやって年をとっていく・・ということも
初めての経験なのです。

ですから
私が今感じていることもどこから来ているのか??

お世話になっているディの責任者の方は
自分の行く道なので
見守ってあげてください と仰ってくださいます。

でも・・・

私は年老いていく姿を
誰にもみせたくない・・・

posted by chicchi at 18:22| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

政府や関係者に迷惑かけた・・イスラム国が殺害画像、湯川さん父親の謝罪に「衝撃的」「これが日本民族の精神」―中国ネット

過激派組織「イスラム国」とされるグループが人質の日本人、
湯川遥菜さんを殺害したとする画像を公開したことを受けて、
湯川さんの父、正一さんが25日午前、日本メディアの取材に応じた。

香港のラジオ局、香港電台の報道として、
鳳凰網が25日伝えたところによると、
正一さんは「息子のために政府や関係の方々にご迷惑をかけた」として謝罪し、
各方面の尽力に感謝を示した。

また遥菜さんを助けるためにシリア入りし、
同じく人質となった後藤健二さんについても、
「非常に心苦しい。一刻も早く日本に帰ってきてほしい」と話した。

正一さんは25日の午前0時過ぎ、
外務省から「遥菜さんが殺害されたようだ。
確認は取れていないが、ご承知おき願いたい」との電話を受けたといい、
「とうとう来てしまったという残念な気持ちだ」と語った。

息子が殺害されたようだとの情報に接しながら、
政府や関係者に謝罪する正一さんの姿は、
中国のインターネット・ユーザーの間で大きな話題となり、物議を醸した。

ユーザーたちのコメントを拾ってみる。


「日本民族ってどこまで恐ろしいんだ?
ほかの国だったら、家族は『政府が何もしなかった』って批判するだろうに」

「日本人は好きじゃないけど、正一さんには心からの敬意を示したい」

「日本人はなにか起きれば反省する。
中国人は反省しないばかりか、誰かのせいにする」


「こうしたニュースが本当にメディアに脚色されていない生の報道だとすれば、
日本民族は末恐ろしいな」

「これが日本民族の精神だ」

「なんだか彼がとても偉大で、強く見える」

「やっぱり中国人は日本人に学ぶべきだ。敵だったら本当に恐ろしい!」

「誰かを責めたりせず、ただただ寛容」

「言葉にできないけど、心からの敬意を表したい。
こういう気持ちは山を動かし、岩をも砕く」

「こういうことが言えるのは日本人だけだね」

「衝撃的。国が違えば考え方も違うもんだなぁ。
こういうのはまねできない」

また一部にはこんなコメントもあった。

「息子が殺害されたって聞かされて、なぜ謝る必要がある?」

「そういうロジックって正しいの?」

「中国同胞、危険な地域では注意して!」

「こういう謝罪からも日本人の恐ろしさが分かる。
もし韓国人だったら人質の親は絶対にカメラに向かって大統領を罵る。
多くの人たちが日本の管理体制やシステムを
単純に中国に導入しようとするけど、それは必ず失敗する。
だって日本人はものすごく特異で、ほかの民族が理解しがたい民族だから」


(編集翻訳 恩田有紀)

そうですね。

私も湯川さんのお父さんと同じ気持ちになることでしょう。

これが日本人 と言われてみなければ
分からないことでした。


湯川さんのご冥福をお祈りいたします。


posted by chicchi at 17:09| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする