2016年11月23日

親が『老いる』ということとは… 誰にも訪れるその時に、覚えておいてほしいこと

2日前名古屋栄駅で地下鉄に乗ろうと
地下街を歩いて
改札口の階段を登ろうとしたとき
その階段の隅っこに
男性の老人が座りこんいて
後ろに中年の女性
前に若い女性が何やら大きな声でその老人に話しかけていました。

ちょっと異様な光景でしたが
その傍を通り過ぎて改札口の中に入りましたが引返したのです。

白内障の手術をして視力が落ち着いた最近は
0.02の視力で過ごしているので
その老人の顔が父の顔を被りました。

そして傍に立ち「どうしましたか?」と尋ねると
若い女性が「今救急車を呼びましたから大丈夫です」

その言葉に安心してお任せしてその場を去りましたが
老人は74歳だと答えていました。

74歳にしては年をとっているなぁ。


顔から判断すると
余りシッカリしていない感じがしました。

後ろに座っていた女性が
手をブラブラ振っていたのは
おそらく 氣 を送っていたのでしょう。


亡くなって半年がたちましたが
父を思い出します。

胸が悲しみでいっぱいになってしまって
泣けてくることが多々あります。

明日は、母の一周忌法要です。

会えなくなってもう一年がたつんですね30728.gif

私と娘の中に
父と母は生きています。

お位牌をお守りする ということは
そういうことなのでしょうね。

逆に忘れてしまっているときもあるのですが28386.gif











posted by chicchi at 01:19| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 学び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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